2018/07

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クラフト・センター・ジャパンのクラフト見本市2014に掲載した文章です。  
流通の話をするにあたり、まずクラフト・センター・ジャパン(以下CCJ)の歴史を振り返ってみる。  CCJの発足当時からの大きな活動の柱に選定業務がある。良質なクラフトの選定をしたものを販売する展示場は、日本橋の丸善に財団法人として認可された1960年の前年(1959年)にできた。公益法人で直接、販売にかかわることができないため、丸善の工芸品課、輸出の場合は輸出部を通じ、販売にあたらせるといった独特のシステムを採用した。常設展示場は日本橋本店以外、後には札幌、名古屋、京都、岡山にも同様の場所を持ったため、選定されると一気に5カ所の売り場を持つことになったのだ。  作り手にとって販売先は一つでも多い方が良い。ただし、売れない場所が無駄に増えても効率は良くない。その点、丸善の売り場は、選りすぐりのものばかりであるから、お客も安心して買える。プレゼントや海外の土産物は必ず丸善で買う人とか、お歳暮や記念品はこの売り場で選ぶ法人もあり、選定されれば他の仕事をしなくても良いような作り手も、少なからずいたようだ。  しかし、その程度しか生産(販売)量がない、とも読み取れる。クラフトの流通の悩みはそこにある。数ができない。注文してもなかなか入荷しない。待たせて当然、といった空気がある。また、モノによっては、できあがりが毎回違うものもある。量産ものしか使わない人には信じがたいことだろうが、陶磁器では焼き色、手書きの絵だと筆の勢い、ガラスも手吹きだとニュアンスが微妙に違ったり、染め物も色で具合が違ったりすることもある。漆はこれらに比べれば安定した仕上がりだが、なにせ、作るのに時間がかかる。鉄鋳物など、型を使い、ある程度の量産ができるものもあるが、おおかたは、扱いにくく、もうけにくいのだ。  ただ、個人作家ばかりがクラフトではない。企業としてクラフトを作っているところもある。発足時のメンバーである、佐藤潤四郎、吉田丈夫の両氏はカガミクリスタルのデザイナー。加藤達美氏は北欧の窯業所で学び、帰国した後、ムーンライトシリーズをデザインし、瀬栄陶器で製作、Gマーク第1回を受賞する(現在はセラミックジャパンが復刻している)。このようにデザイナーと組むクラフトは古くからあるのだ。ではクラフトの生産に向く工場とそうではない工場の違いはどこにあるだろうか。デザイナーも、クラフトの精神を持ったデザイナーは、図面だけでは済まさない。足しげく工場に通う。わが子の出生を任せるのだから。任された工場はデザイナーの意図を組み、体現に向けて原料も探し、治具も開発し、討論も試作も重ねて生み出す。効率を重視したら、ブームが過ぎた品物は廃盤にする。しかしクラフトの精神を持った工場は一年に数回しかこない注文も作り続ける。飽きがこないから、買い足しが必ずある。それに応えるためだ。量が作れても作れなくても、やはり効率よくもうけるようなモノではない。  さて、流通に話を戻す。昨今、全国でクラフトフェアが盛んで、開催も増えている。土日だけ、公園等で開かれるクラフトフェアは作り手と使い手が直接、接せられる良い機会だ。中にはクラフトフェアを回って、一年、終わる作り手もいるようだ。だが、このクラフトフェアだけでモノづくりを完結してほしくない。多くのクラフトフェアは出展料だけで後は売り上げが100%、現金で入る、言って見れば割の良い商売だ。使い手の意見が直接、聞けるのも良い。だが「店に卸す」ことは自分を高めることであることを忘れないでほしい。卸である以上、店も利幅を取る。その割合が大きすぎると感じる作り手もいるようだ。しかし、店にあることで、注目され、お店のコーディネイトにより違う見え方をし、普段会えない使い手に使われる機会を得るのだ。さらに、プロである店主の厳しい意見も聞ける。  一方、お店の方にはこうあってほしい。ネットの発達により、作り手と使い手の距離は驚くほど近くなった。だが、すべての使い手が作り手に会える訳ではない。売り手は作り手の代弁をするのだ。そして、作り手には使い手の代弁をする役割も担っている。そのためにはまず店主みずからが品物を買って試すこと。使い勝手はもちろんだが、値段相応の作りをしているか、作りは安定しているか、などを厳しくチェックしてほしい。流通に乗せることによって、作り手も売り手も、そして使い手も一歩上を目指せる。  丸善の売り場には愛媛県の砥部焼が常に置かれていた。量産ができる工場だが、手作業のため、仕上がりは多少ムラがでる。工場では丸善に納めるものは出来がいいものだけ取っていたそうだ。それはCCJへの敬意の表れでもあり、ここのお客の眼が肥えているので、良い仕上がりのモノを納めないと満足してもらえない、という緊張感からだったのだろう。お店をする方は、ぜひ、この当時の丸善のクラフトコーナーのようになってほしい。そして使い手にはこういった緊張感を持った店を育ててほしい。扱いにくいクラフトだからこそ、この図式が成り立つと思うのだ。(日野明子・ひとり問屋)


comment

説得力のある優れた考え、文章だと思いました。作り手、店、使い手、みなそれぞれの役割があるのですね。さすがに日野さんです!

  • 宮城宣子
  • 2015/03/30 9:10 AM









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